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 僧名を名乗ったが、装束は武士である。弟子がとまどうのもむりはなかった。 「法蓮房と申されまするので」 「そう申した時代もある。当時は、御当山の上人も南陽房と申され、たがいに京の妙覚寺大本山で机をならべて学んだものだ」 「はあ、なるほど」  弟子はまた長い廊下を走らねばならない。 (早うそう申せばよいのに、手数のかかるおひとだ)  しかし庄九郎にすれば、美濃きっての寺格の高い鷲林山常在寺のお上人さまを訪ねるのに、卑屈な訪ねかたはとりたくない。  できれば、 「おれだ、とそう云《い》え」  と入ってきたいところである。  あんのじょう、日護上人は、 (あっ)  と、喜色をうかべた。 「法蓮房どのが来られたか。それは大事なおひとじゃ。わしとは年は一つちがいの兄、法《ほう》臘《ろう》(出家した年齢)も一つちがいの兄弟子、しかも、当時、諸国からあつまっていた妙覚寺大本山の千余人の徒弟のなかで、学問、智恵、諸芸第一といわれた俊才じゃ。大事におもてなしして、客殿へお通し申せ」  若い上人は、あまりのうれしさに落ちつかなくなった。 「そうじゃ、一山《いっさん》あげてもてなせ」 「はっ」
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