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 野々山の胸がやはり鳴った。彼は立ち上がった。課長の池崎は黙って先に立って歩きはじめた。  廊下に出て、野々山はふり返った。何人かの者が机から顔を上げて野々山を見送っていた。視線が合うと、彼らはあわてたように眼を伏せた。野々山は覚悟した。  小会議室に総務部の部長と人事課長が待っていた。池崎課長が最初に口を開いた。 「なぜここに呼び出されたか、きみ分ってるね……」 「はい」  野々山は足もとに眼を落したまま言った。もう一度、彼は覚悟をしなおした。 「残念だが、会社を辞めてもらうことになった」  人事課長が言った。宣言の口調だった。   2  前日の午後七時に、野々山は野方にあるゼネラル通商独身女子寮の門をくぐった。  そのときまでは彼には、女子寮の風呂場をのぞこうなどという考えはなかった。  毎月、第四月曜日の午後七時から、寮では運営懇談会なるものが開かれる。寮生の代表と寮監と会社側の三者の懇談会である。会社側からは厚生課の寮、社宅担当者が出席することになっていた。  退屈な会議である。出される話は、施設や備品の補修の話、給食の問題、さまざまな寮生からの苦情などが多かった。  その定例の退屈な会議に出るために、その日、野々山は女子寮に足をはこんだのだ。  会議は例によって退屈なまま、九時に終った。  野々山は事務所で二十分ばかり寮監と雑談をして、寮の玄関を出た。
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