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null『せめて、あのころまで立ち帰ることができたら!』  わたしは、ふと何物かに祈りたいような気持になりました。  四号室のエミも、こうして寝台の下に青春の形見を置いて祈るのでしょうか。 『そして、あのころから出直すことができたら!』  けれども、それはできない相談なのです。あのころの小鈴の音も、いまでは黄色く泡《あわ》立《だ》つ音でしかなくなっています。わたしたちは、何度でも、いま、ここから、出直すほかはないのです。  わたしは、妻の音がすむまで、黙って寝台の下の暗がりをみつめていました。 恥の譜  私は、かつて肉親の死に会うたびに、ぬきがたいひとつの感情に悩まされてきた。羞恥《しゅうち》である。私には、死は一種の恥だとしか、思われなかった。私はこれまでに、二人の姉を死によって、二人の兄を生きながらにしてうしなったが、彼《かれ》等《ら》の死、および不幸は、ことごとく羞恥の種であった。  私は、十歳のころ、死ぬこととは自殺することだと思っていた。二人の姉が、手本を示した。上の姉は服毒し、つぎの姉は入水《じゅすい》した。くわしい事情は知らされなかった。私は町で、ねむり薬の弟、身投げの家の子とよばれて、ただ恥ずかしかった。同年輩の子供がこわくて、裏道ばかりを選《よ》ってあるいた。ところが、裏道ほど不敵で口さがない子が多いのである。私は町を迂《う》回《かい》して野の道をあるいた。  長兄の不始末を知ったのも、野の道を学校へむかう途中であった。学校から、父兄会の一員としての兄の消息を求められ、父が書いてくれた返事を、翌朝、野をあるきながら、開封して読んだ。失踪《しっそう》であった。死を覚悟の旅らしく、途中から貧しい愛人にあて、身につけていた高価な羽織と角帯を形見に送ってきたと、あとできいた。私は目がくらみ、野は無人であったけれども身のおきどころがないほど恥ずかしく、封筒をまるめて小川に捨てて、わざと野火の煙にむせながらあるいた。  それにしても、もし自分が死なねばならぬとしたら、恥ずかしいながらもやはり自殺のほかはあるまいと、私は思いこんでいた。自殺のほかに、死のありようを知らなかったからである。私は、ひそかに、まだ誰《だれ》も知らない自殺の方法をいくつか発見し、なんとなく頬《ほお》をほてらせながらそれらの選択に迷っていた。そのうちに、意外にも自殺が誇れるふしぎな世がきた。  戦時中は、私にとって、私たちきょうだいの汚名を雪《そそ》ぐべき好機であった。死ぬならいまだと、まじめに思った。けれども、私は十五歳、栄《は》えある自殺を志願できる年齢にはわずかに満たなかった。それならば、せめて敵の手に討たれようと思った。夏、敵は空から町を襲い、私を撃った。もし私がいつものごとく、いつもの場所にいさえしたなら望み通りに死ねただろうが、ふとした私の気まぐれが敵弾に私の影を撃たせた。そうして、ある日、好機はふいにむなしく去った。  戦後、私は若者になって、さすがにもう、死は自殺だなどとは思わなかったけれども、死にまつわる羞恥感だけは容易にぬぐい去ることができなかった。肉親の死を悲しんでいるひとをみると、ふしぎな気がした。  ひとが死ねば、悲しいか。  もしお前の父が死んだら、お前は泣くか。